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東京地方裁判所 昭和55年(人)5号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

請求原因はつぎのとおりである。

「1 請求者と拘束者甲野太郎(以下「拘束者太郎」という)とは、昭和五四年四月六日婚姻の届出をし、被拘束者(昭和五五年二月一七日生)はその間の長女、拘束者甲野明(以下「拘束者明」という)及び同甲野花子(以下、「拘束者花子」という)は拘束者太郎の父母である。拘束者太郎は現在聖マリアンナ医科大学の学生で、同明は内科医として肩書住所地において診療所を開いている。

2 請求者と拘束者太郎とは、婚姻後、同明方居宅(以下、「甲野宅」という)に同居していたが、請求者は、拘束者らに対する不満から、拘束者らとの別居を決意し、昭和五五年一〇月二日、被拘束者を連れて請求者の肩書住所地にある実家の乙山一郎方に身を寄せたところ、同日午後一〇時ころ、拘束者明及び同花子が乙山方を訪れ、請求者の下から被拘束者を強引に奪つて連れ帰り、以後拘束者らは請求者の懇請に応ぜず肩書住所地において被拘束者を排他的に監護し拘束している。

よつて、人身保護法に基づき被拘束者の釈放を求める。」(関係人仮名使用)

【判旨】

一請求の理由1の事実、同2の事実のうち請求者と拘束者太郎とが婚姻後甲野宅に同居していたこと及び請求者が拘束者らとの別居を決意し、昭和五五年一〇月二日被拘束者を連れて請求者の肩書住所地の請求者の実家である乙山一郎方に身を寄せたが、同日午後一〇時ころ拘束者明及び同花子が乙山方を訪れ、被拘束者を請求者の下から連れ戻し、以来拘束者らは、甲野宅で被拘束者を排他的に監護養育していることは、当事者間に争いがない。

右の事実によれば、被拘束者は、現在生後一〇か月の乳児であつて意思能力を有しない者であるから、拘束者らによる被拘束者の右排他的な監護は、人身保護法及び同規則にいう拘束にあたるということができる。

二そこで、抗弁について判断する。

夫婦の一方が他方(その者と共に子を監護している他の者がいる場合も含む。)に対し、人身保護法に基づき子の引渡しを請求する場合における拘束の違法性が顕著か否かの判断は、夫婦のいずれに監護させるのが子の幸福に適するかを主眼として決せられるべきである。

1 <証拠>を総合すると、一応次の事実が認められる。

(一) 請求者は、拘束者太郎が学生であり、夫婦の生活を全面的に同拘束者の親に依存しなければならないことを承知のうえで同拘束者と婚姻し、拘束者明夫婦と同居生活に入り、診察室の仕事を手伝つていたものの、拘束者らの家族が何かにつけ干渉がましく、生活の援助を受けている身とてそれが余りに疎ましく思われるとともに、拘束者太郎が学業等が多忙で夫婦らしい交流が得られないうえ、親の言いなりで請求者に対し夫らしい配慮や理解を示してくれないことが不満となり、拘束者太郎や同明夫婦に別居したい意向を伝えたが、被拘束者の養育の点につき自分の思う方向で解決する見込みがないものと思いつめ、昭和五五年一〇月二日、甲野宅を出て生活することを決意し拘束者らに散歩といつわつて被拘束者を連れ出し、実家の乙山方に身を寄せた。その途上上野駅からの実家に行く旨の請求者の電話により、拘束者明及び同花子は、自動車で急遽乙山方に赴き、同日午後一〇時すぎころから乙山方で、請求者、拘束者明夫婦及び請求者の両親とが話し合い、請求者の両親は被拘束者を一旦拘束者方に戻すことを承知したものの請求者はどうしてもこれを承知せず、翌三日午前二時ころ、拘束者明及び同花子は、止むを得ず請求者の両親の協力を得て、請求者の抵抗を押えつけたうえ、被拘束者を自動車に乗せて連れ帰つた。その後、請求者の父親と拘束者明夫婦らとで、被拘束者の親権者を拘束者太郎と定めて請求者らを離婚させることが話し合われたが、請求者はこれに同意せず、拘束者明に電話で被拘束者を返して欲しい旨申し出たが、言下に拒まれた。

(二) 請求者は、被拘束者の出産後昭和五五年六月末ころまでは、母乳を与えていたこともあつて育児に専念していたが、同年七月からは、以前のように診察室の仕事を午前九時から午後七時まで手伝うようになつたことから、その間は甲野宅に住込んで雇われている看護婦の山田まき子(六四歳)が主として被拘束者の世話をし、午後診察室が暇になつた時に請求者もその世話をするようになり、夜間と休診日とは請求者が主として被拘束者の世話をしていた。請求者が診察室を手伝つている間に被拘束者が飲むミルクは請求者が予め用意し、またおしめの洗濯も請求者が朝のうちに行つていた。

拘束者太郎は、卒業と国家試験を控えているためかなり忙しいうえ、クラブ活動にもかかわつていたため被拘束者の世話をするようなことは余りなく、拘束者明及び同花子も、この頃は特に被拘束者の身の廻りの世話をするという立場ではなかつた。

(三) 甲野宅は住宅街の一郭にあり、敷地の名義人は拘束者花子、建物のそれは同明で、建物(三階建)のうち一部約二〇坪は診療所として使用し、住居用部分は約一四〇坪で、このうち一階六室と二階の一部は拘束者花子が営む看護婦家政婦紹介業の関係の看護婦らに使用させているが、他はすべて甲野家の家人が使用している。

拘束者太郎はまつたく収入がないが、同明の一年間の税引き後の所得は一〇〇〇万円前後であり、同花子にも前記紹介業者及び診療所専従者として四〇〇万円に近い収入がある。

甲野家には、前記山田のほか、住込みの家政婦として鈴木ヨシ子(五八歳)が雇われており、家事一般はこの両名が担当している。

請求者から連れ戻した後の被拘束者の世話は、拘束者太郎が前記状況のため、拘束者花子が中心となつて、前記山田及び鈴木と共に主として担当しており、被拘束者の生育状況は順調でその健康状態について格別問題になる点は窺われない。

拘束者らは、引き続き被拘束者を養育することに熱意を示している。

(四) 請求者は、現在実家で親の援助により生活し、働いていない。実家には請求者の両親のほかに妹が居り、世帯の生計は父乙山一郎の収入と妹の収入とによつて支えられ、一郎の収入は手取り月額一八万円くらいで、妹のそれは月額七万五〇〇〇円くらいである。住居は土地・建物とも一郎の所有であり、建坪二四坪(平家建)で、間取りは六畳の和室が三室、六畳間相当の洋室と台所兼食堂が各一室あり、被拘束者が請求者の下で監護養育される場合は、和室が一室提供される予定である。

請求者は当面働かずに被拘束者の育児に専念する意向であり、父母ともそれを承認し、請求者を援助する意向を示している。

2 以上の各事実及び前示一の事実に基づき、被拘束者を夫婦のいずれに監護させることが被拘束者の幸福にかなうかを検討する。

(一) まず、子の幸福とは、人間にとつての幸福は何なのかという問題につながり、一概にいうことのできない難しい問題であるが、人間としての発達・成長の基礎的な時期である乳幼児期においては、一応、肉体の健康の維持、知的能力や運動能力の順調な発達、情緒の安定、社会的適応性の習得などがより良く保障される条件を子に与えることが子の幸福を図ることだとみてよい。そして、このような健全な成長・発達などを実現する大きな要素は、監護者の十分な愛情とそれに基づく子への働きかけや身の廻りの世話であり、こうしたことは、既に肉体的、心理的要求がいかなる人・方法によつても満足される時期を過ぎ、監護養育に当る者及びその方法による影響を受けうる時期に至つていると考えられる生後一〇か月の被拘束者の場合とりわけ重要であつて、当面の被拘束者の監護いかんが被拘束者の将来の人間形成に重大な影響を与えることが予想される。

このような観点からみると、請求者は、被拘束者の出産後四か月半くらいまで母乳を与えるなど育児に専念し、その後も本件拘束の開始に至るまで継続して日常の監護養育に努め、順調な生育がなされていたのであり、現在自らの手で監護養育することを強く希望しているうえ、被拘束者の年齢を考え合わせると、同児の健全な生育には請求者による継続的な密着した日常の監護と愛情こそが適切不可欠であると考えられる。これに対し、拘束者太郎は、なるほど愛情の点においては請求者に勝るとも劣らないものがあるとしても、被拘束者のような乳児の場合には、父親の果す養育面での役割は極く限られているし、男親の身では女親のようにきめ細かい監護を期待することはできず、そのうえ仮にその意思と能力があるとしても、何より時間的なゆとりがないことが明らかであり、結局、他の者に監護を委ねるほかはない。その援護に当る拘束者明は男性で時間的ゆとりもなく、拘束者花子も現在熱心に養育に当つていることは認められるが、年齢的な面や愛情の微妙な面で母親たる請求者より劣ることは否めず、また、請求者が甲野宅にいた間は被拘束者を世話する機会がほとんどなかつたようであるから、その養育に不安がないとはいえないのであり、住込みの被用者である山田及び鈴木による監護養育も請求者のそれと比較すべくもない。もつとも、拘束者明は医師であり、拘束者太郎も医学生であつて、被拘束者の健康管理の面で請求者に勝ることは認めうるが、請求者にもこの点を補完する方法はあり、しかも、何よりも数人の者がそれぞれの立場で養育監護に当ることは一貫性を欠くことになつて好ましくないというべきである。

ところで、拘束者らは、請求者には時折無責任あるいは常軌を逸した行動に出ることがあつて情緒が不安定であり、監護者として不適当であると主張し、請求者、拘束者太郎及び同明各本人尋問の結果によれば、請求者が婚姻後三か月くらいのころ妊娠を感得し、そのころ服用した薬が胎児に与える影響を考えてあれこれ思い悩んだ末、突然家出し所在をくらましたことがあり、また請求者が拘束者太郎の運転する自動車のなかで同人と口論し、同人に殴打されるや、妊娠六か月の身でありながらまだ完全に停止していない自動車から飛び降りて走つて逃げたようなこともあつたことが一応認められ、これらの事実によれば、請求者は思いつめやすくかつ行動に性急なところがあると窺われるが、これらはいずれも妊娠中という一般的にも情緒が不安定になりやすい時期のことであるし、請求者が婚姻後の生活で精神的な負担を感じて思い悩んでいたことは前認定のとおりであつて、婚姻前にはそのような行動はなく、前認定の別居後は落ち着いた生活を送つていることが窺われるのであり、また本件全証拠によつても、請求者による被拘束者の監護養育について過去に格別問題とすべき点があつたとは認められないことからすれば、右の事実をもつて請求者は乳児の監護者として不適格であるということはできず、抗弁のうち3項記載のその余の事実は、主張自体からして問題とすべきものとは考えられない。

(二) 次に、一般的にいえば、子どもの精神の安定した成長、能力の発達にとつて監護の連続性と安定性とが重要であるが、乳児については、幼児などの場合に比べれば、監護者の交替が与える悪影響は少なく、むしろいかなる監護者であるかという方が重要であるのみならず、乳児の監護の継続性及び安定性は、主として主たる監護者との関係の継続性及び安定性に重点を置くべきであつて、その他の家族あるいは居住環境を含む物的なものとの接触の継続性は、主たる監護者との関係に劣後すると考えられるところ、前記のとおり、請求者は、拘束者らと同居していた間被拘束者の主たる監護者であつたのであり、かつ、請求者が被拘束者と離れてからまだ二か月半しか経ていないのであるから、たとえ被拘束者が出生以来拘束者明方で生活してきたとしても、本件については、被拘束者の監護を請求者の下における監護に変更することが監護養育の継続性の点で、拘束者らの下における監護より劣るとは考え難い。しかも、被拘束者に対する請求者の監護が断たれたのは、請求者の意思を無視した拘束者明及び同花子の行為によることを考えるべきである。

(三) また、住居の広さなど物的環境や経済状態を比較すれば拘束者らの方が請求者のそれより勝ることは否定できないが、請求者の側の状況も決して悪くはなく、子の幸福という観点からしてそれほど大きな差があるとは考えられないし、また請求者の実家の受入れ態勢についても当面格別支障があるとは認められない。

以上によれば、被拘束者を拘束者らの監護下に留めおくことよりも請求者の下で監護させる方が被拘束者の幸福にかなうことが明白であるということができ、また、本件全証拠によるも請求者と拘束者太郎との間で、被拘束者を拘束者太郎の監護下に置くとの合意があつたとは認められないから<証拠判断略>、拘束者らによる被拘束者の拘束はその違法性が顕著であるといわざるを得ず、したがつて、拘束者らの抗弁は理由がないことに帰する。

(丹野達 佐々木寅男 山本博)

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